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能舞台での「出口なし」鑑賞 [演劇]

 先日の記事http://blog.so-net.ne.jp/ajes/2006-07-11で紹介した能舞台での「出口なし」本日(9月6日夜)鑑賞してきました。通路に設けられた補助席も含めてほぼ満席の状態で、かなり盛況という感じでした。
 内容に関しては、kenkaiさんがすでに紹介記事http://blog.so-net.ne.jp/liberation/2006-09-03をお書きになっています。kenkaiさんの記事にあるように、舞台装置や小道具はサルトルの脚本通りではなく(長椅子、銅像などはなし)、それにともなって脚本も少し改変されていました。
 トラックバックを送っていただいた槻本さんの記事http://balletmoon.seesaa.net/article/22844829.htmlにあるように、ボーイ役は、パリ・オペラ座のエトワールであるル・リッシュが演じているので、バレエ・ファンの方々の間で話題になっていたようです。ボーイ役はサルトルの脚本では冒頭のみの登場ですが、今回のバージョンでは黒子的な役割として、後半にも登場していました。舞台の後方に座って腕をゆらゆらと動かす場面などがあり、そこは少しダンス的とも思えましたが、特にバレエ的なところはなかったように思います。
 なお、公式ページにはその点の記述がなかったように思うのですが、舞台わきには二台のモニターが設置され、そこに日本語の字幕が映されていました。
 それから、些細なことかもしれないのですが、会場で販売されていたパンフレット日本語版の扉裏のページ、日本とサルトルの関係について書かれた文章では「八十名の会員を擁する日本の「サルトル研究会」は世界で最大のサルトル研究組織のひとつです。」となっていました(実際は当会は2002年に「日本サルトル学会」と改名しています)。パンフレットはフランス語版も販売されていました。
(永野)


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コメント 2

澤田直

永野さん
レポートありがとうございました。ぼくも初日に見に行きましたが、全体の印象としてはとてもよかったものの、細部ではじゃっかん違和感を感じました。とくにボーイがずっと後ろにいて、意味ありげに動くのが、邪魔な感じがしました。象徴的でも、解釈的でもなく、ただ役者をそこにいさせるためだけの演出のような気がしたのですが、、、。
イネスをはじめとする役者たちの台詞まわしはさすがに堂に入ったもので、こちらは気にいりました。ぼくがこれまで見た『出口なし』はいずれも小劇場のものだったので、役者の力量がいまいちだったために、みょうに間延びした部分がありました。今回の上演は心地よい緊張感がただよい、能舞台とあっていました。
台詞の省略は全体としてはよくできていましたが、ペーパーナイフで刺す部分がカットされていたのは、最後をわかりにくくしていたかもしれません。
学会員のなかで演劇を専門にしている翠川さんなどのご意見もうかがいたいとおもいます。
by 澤田直 (2006-09-24 06:29) 

ajes

澤田さん
 返信遅くなってすみません。感想コメントありがとうございます。テスト書き込み以外では記念すべきコメントお一方目です(笑)
 ボーイがずっと後ろにいて邪魔な感じがした、というのは確かにそうだったかもしれませんね。私はよく事情をしらないのですが、オペラ座のトップダンサーが演劇に出演するというのはよくあることなのでしょうか。「ただ役者をそこにいさせるためだけの演出」というのは、そのことと関係あるのでしょうかね……。
by ajes (2006-10-02 11:14) 

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